
近藤選手は、日本ゴルフツアー機構(以下JGTO)のクォリファイングトーナメント(以下QT)を2000年に受験し、第1位として2001年のシーズンから本格的にツアープロとして戦いの場をジャパンゴルフツアーにおいた。
世間の注目は、彼がいつ勝つかということに注がれた。
確かに、チャンスは幾度もあった。たとえば、2002年のマッチプレー。片山晋呉選手をはじめ、強豪を次々と倒して準優勝。 しかし、実は本人は、「どの選手にも、勝った気はしていなかった。勝ったけど負けたという感じだった」という。
戦ったすべての相手と自分との、スイングの精度の違いを痛感したからだ。
その年、約5,100万円を稼ぎ、賞金ランキングは18位。はたから見ると満足のいく数字を残したように思えるが、本人は決してそうではなかった。
「これじゃ、ダメだ・・・」。
そんな想いに突き動かされ、スイング改造に踏み切ったのだ。
プロに転向し7年をかけて、今年初優勝を掴むまでの長い道のりとその取り組みを、ブリヂストンオープンの練習日に聞いた。
――スイング改造のきっかけは、2002年のマッチプレー
近藤「それまでの僕は、スィングに関しても、ゴルフに関することは全て独学でやってきたし、スィングがどうとか気にも留めたことがなかったんです。でも、マッチプレーで勝ち上がるにつれて、自分は勢いや運だけでゴルフをやっているような気がして・・・。戦った相手の全選手と自分との精度の違いを痛感させられました」。
――それについては、誰かに相談したのですか?
近藤「以前から知り合いのコーチに相談しました。スイングのことについて、誰かに相談したのは、生まれて初めてでしたね」。
――どんなところが苦労しましたか?
近藤「一番苦労したのは、頭の中のイメージ。どうしてもピンの左を向いて打つイメージを描くことが出来なかったですね」
――2003年のシーズンに中日クラウンズで近藤選手の練習を見て思わず声をかけたことを覚えています。あの時点でも既にいいフェードボールが出ていましたね。
近藤「そうでしたね。僕は、ドローヒッターというわけではなかったのですが、ミスショットをした時にフックボールになる傾向があった。それをフェードボール一辺倒で攻めていく考えはなかったのですが、左に捻じれないボールを打つためのスィングを体に覚えこませていました。」
――スイング改造をしながら賞金を稼いでいくことは大変だったでしょう。
近藤「確かにそうなのですが、今後の事を考えると賞金よりもスィングの本当の完成。例えば頭に描く球筋のイメージと実際のそれとの一致を優先しようと思ったんです。」
――その様な中でも2003年賞金ランキング26位で、2004年へのシード権も取れた。
近藤「はい。目指していたスィングが試合の中で戦っていけることの手ごたえを感じ取ることができました。」
そんな地道な努力の甲斐あって、平均ストロークやパーオン率といった部門別の数値は飛躍的に向上していった。と、同時に何回か勝つチャンスもあった。デビュー当事の期待に反して時間はかかった方かもしれない。
しかし、いざ勝つときはフロックでもなく、またたまたま勝ったということでなく、入念な準備を重ねたことによって、“やる事をやったからこそ勝利を掴んだ”といえる状態まで近づいていたのだ。
そして迎えた2006年の今シーズン。満を持して彼は勝った。不思議なことに、若干ではあるが部門別の数値は落ちているにも関わらずだ。
その謎が解けたのが、ブリヂストンオープンの練習日だった。
近藤選手と話をしながら、袖ヶ浦カンツリークラブの14番ホールを迎えた。ここは464ヤードのパー4というホール。このホールのティショットに難しさといやらしさを感じている近藤選手は、ドライバーを持たなかった。その結果、セカンドショットは約220ヤードのアゲンストの風。彼は、ユーティリティアイアンで打った。結果はグリーンを右にはずした。
彼は、グリーンに歩きながらこんなことを言った。
「うん、ここはこの攻め方でいこう。」「ここはパーをセーブして流れを掴もう。」「よし、そういう意味でこのアプローチショットは本番だ!」結果はグッドアプローチでパーセーブ。
「パー取れたよー」と爽やかな表情で両手をあげる近藤選手。
これこそが、スイング改造の成果だった。それによって総合力が底上げされたために、ゴルフの幅が広がったのだ。
そして同時にそれは、終始冷静な判断でゲームマネジメントができる力が身についている、という証だった。
――初優勝どんな気持ちでしたか?
近藤「今まで、優勝したらこんな気持ちになるんだろうな。という自分なりのイメージがあった。しかし、実際に勝ってみるとうれしいという気持ちはなかった。やっとスタートラインに立てたという気持ちだった。周りの人達から、もうクリアできると言われ続けて、なかなか勝てなかったから。」
――なぜ、今まで勝つことができなかったのですか?
近藤「学生時代は、全ての試合に勝ちにいっていた。それこそ1番ホールからその想いで望んだ。しかし、プロに入っての目標は、1勝と賞金ランク10位以内。それはそれで問題なかった。でも今年はとにかく勝ちたかった。賞金ランク10位以内に入ることよりも・・・。“勝つんだ。”という失いかけていた強い気持ちを取り戻すことができたと思う。」
――ツアー後半戦の最初のANAオープンで2勝目。TVで見ている限り、展開の割には落ち着いていたように見えました。
近藤「あのコースはいいイメージがある。だから最初から2勝目を狙って勝ちにいった試合でした。そう、最初から自分を追い込めて勝てたこと。これが何よりもうれしかった。」
――近藤選手を見ていると誰がライバルというよりも、自分の好きなゴルフを一生懸命取り組むというイメージがありますがいかがですか。
近藤「僕は、本当にゴルフが大好きなんです。僕は、休みの日でも友人とゴルフしているくらいです。ゴルフが仕事とも思ったことはないんです。こういうのを趣味の延長というのか、いい表現がでないですけど・・・。あっ、ゴルフオタクかな。そういう意味では、僕のオタク度はまだまだだな。」
――今の自分に満足していますか?
近藤「本当のこと言うと、日本プロに勝てたことで満足しろと言われたら・・・僕は出来ちゃう。コンプレックスがあるとは言わないけど、この体の大きさで勝てたんですから。でもこれで、僕のゴルフは終わりじゃないんですよ。満足したら終わりですよ。自分の納得のいくゴルフを1ホール、1ラウンドでも積み重ねていきたい。」
――これからの目標は?
近藤「狙いにいって勝てた2勝目。次の目標は、今シーズン中にもう1勝すること。あとは、メジャーに出場したい。今年は全英OPの権利を得るチャンスだったけど手に入れることが出来なかった。メジャー出場は早ければ早いほどいい。もし時間がかかったとしても、目標にしている以上、必ずクリアする。そして、ただ参加するのではなく、しっかりと戦って自分のポジションを知る。そうなれば、きっと次の目標が見えてくるはずです。」
――不安になったりはしないですか?
近藤「不安になりますよ。自分より上の能力を持っている選手しか見てないですから。でも、その上の選手を見るということは、自分の目線もあがっている証拠じゃないかと鼓舞しています。そしていつも不安と向き合っていくつもりです。」
取材をしたブリヂストンオープンの練習日は、ギャラリーが観戦できる環境である。平日の練習ラウンドにも関わらず、近藤選手見たさに約20名のギャラリーがハーフラウンドを一緒について周った。ホール間で、ギャラリーの要望に、笑顔で写真撮影やサインに応じる近藤選手を見て感じたことがある。
よく“一枚皮がむけた”というが、彼は何枚皮がむけたのだろうかと。1人の人間として、ここまではっきりと相手に自分の思いを伝えることができる能力。目標を作り出すことができる能力。そしてその目標を達成するためには、何をやらないといけないかを考え、達成していく能力。そしてプロとして必要なファンに対する感謝の気持ち・・・。
これからも近藤選手のゴルフを見ていきたい。たとえ不安を感じても、自分の能力に蓋をしないで、それを向き合いながら己を高めて欲しい。
ティグランドで目標物を見据えながら、球のイメージを高めている澄んだ彼の表情。そして、スタンスを取り、自分の意思をクラブに伝え、鋭いスィングから解き放たれたボールが、意思のある弾道を描いて目標物に向かっていく瞬間。
近藤選手の目線はいつも、前へと向いている。