2008年度 < トピックス >
立案者として、私はイベント運営にひとつの持論を唱えてきました。「そのイベントが立派に運営されているかどうかは、スタッフの食事環境を見ればわかる。」と。イベントにおける多種多様な作業の中で優先されるべきものは決して食事ではありません。それはむしろ最も後回しにされがちなものです。優れたイベント運営においては、多くのスタッフに食べさせるもの、その食べ物をどう運ぶか、どこで食べさせるかがしっかり計画されています。逆に、運営のクオリティが低いイベントでは食事どころではないスタッフ達が右往左往しています。「食い物の恨みは怖い。」というフレーズがありますが、その意味のことを言っているのではありません。つまり、堂々として抜かりがなく余裕の運営が出来ているかどうかの問題です。運営そのものがうまく行ってないと、それこそ飯どころではないのです。
ゴルフトーナメントにおける仮設トイレの評判は多くの場合劣悪です。汚くて臭く不便な仮設トイレに長蛇の列ができます。にもかかわらず、これらを改善しようといった議論は少なく、せいぜい棟数を増やすかどうかで終わっています。そもそも私を含めた主催者側の多くが仮設トイレを自ら使うことがなく、実感としてその不便さを理解していない場合が多いのです。トイレの問題もゴルフトーナメントの中では優先順位が低いことは言うまでもありません。「企業を見極めるときは、まずトイレを見よ。」とはよく言われますが、これはまさにトーナメントにも言えます。
アウトドアで実施されるゴルフトーナメントは、夏場は特に雷の事故に注意を払う必要があります。ゴルフ場に何千人、ときに1万人を超える群集が入ります。その状態で雷が来たら大惨事となる恐れがあります。しかるに観衆の避難は現場での付け焼刃である場合が多く、しかも選手や関係者の誘導にばかりとらわれ、観衆の避難はどちらかというと後回しになっています。都心部平地のサッカーや野球のグランドで落雷事故が実際に起きています。このままでは、ゴルフ場でも必ず事故が起こると思います。
イベントに付帯するこれら優先順位の低いと思われる部分がしっかりしていれば、イベント本体は磐石と言っても過言ではないでしょう。本体が磐石で余裕があって初めて目の届く分野だからです。UBS日本ゴルフツアー選手権では、仮設トイレの改革、カーボンオフセット、ゴミ問題、観衆の避難誘導などに力をいれてきました。3年前から段階的且つ計画的に準備を進めてきました。音頭をとる主催者だけでなく協力各社の叡智を結集して検討してきました。ここには発注者も受注者もなく、全員がひとつのチームの一員として熱い議論を戦わせました。それが出来る環境を主催者が歓迎したのです。そこには各社にカテゴリーは無く、分野を超えた意見が飛び交いました。結果的に主催者は専門家である協力会社の叡智を効率よく吸い上げたのです。私も持てる知見を思う存分発揮できた爽快感がありました。
かくして3年目の今年「はじめの第一歩」踏み出すことを宣言したトーナメントが実施されました。さまざまな取り組みそのものも非常に重要で意義ある活動ですが、それ以上にスタッフの前向きな姿勢や価値観の変化が最も大きな産物ではないかと思います。この活動はまだまだ未完成です。今年がやっと「はじめの第一歩」であって、この活動には終わりがありません。「改善と見直し」を繰り返す連続した試行錯誤そのものが実はゴールなのだと思います。< /p>
何と成熟し完成されたトーナメントでしょうか。堂々として磐石な運営が出来ていなければこのような「はじめの第一歩」など踏み出せるわけがないのです。恐らく、この大会のスタッフ達は「次の一歩」のことを考えているに違いありません。
今年度の『UBS日本ゴルフツアー選手権 宍戸ヒルズ』では石川のライバルとも呼ばれ注目されたノ・スンヨル(韓国・17歳)。昨年12月に母国ツアーで史上最年少の16歳でプロ入りを果たし、今年度は主戦場となるアジアンツアーで3度の2位(タイを含む)と、優勝まであと一歩のところまできていたノがオーストラリア出身のテリー・ピルカダリスの猛追を振り切り念願のプロ初優勝を収めた。
『Midea China Classic』 最終日、2打差のリードでスタートしたノ スンヨルは出だしの1番でバーディを決め、好調な滑りだしをきった。断然優位の展開になったと思われたのだが、揺さぶりをかけてくる同組のピルカダリスも後半スコアを伸ばし、決着は最終ホールにまでもつれ込んだ。最終18番ホール、ピルカダリスがプレーオフに持ち込む為、必須となるバーディパットを外したその瞬間に、アジアンツアー史上3番目に若い17歳143日でのノ・スンヨルの優勝が決定した。
現在、ノは母国韓国・京畿(きょんぎ)高校に通う2年生。同学年の石川ともアマチュア時代、日韓対抗戦でも戦った経歴などがあるなど、石川と同様に将来を有望されている選手。今年度UBSの推薦をうけ来日した際には、今大会の恒例となった異文化交流イベントにタワン・ウィラチャン(タイ)、張連偉(中国)、アルテミオ・ムラカミ(フィリピン)らと一緒に参加。はじめてチャレンジする日本そばの製麺工程に不安と期待の表情を浮かべていたが、ゴルフクラブを"のし棒"に持ち替え17歳らしい初々しい表情をのぞかせていた。
ノは『 Midea China Classic』 の優勝で来月、上海で行われる大会の出場権を獲得。来日時には「また是非日本でプレーしたい」と、語っていたノ・スンヨルがさらに大きく成長して私たちの前に戻ってきてくれることに期待したい。
※マルチメディアのページにて異文化交流会イベントの模様が動画でご覧になれます。
異文化交流2008「蕎麦打ち体験」の動画はこちら
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| キーワード | : | 2008 Midea China Classic , アジアンツアー , アルテミオ・ムラカミ , タワン・ウィラチャン , テリー・ピルカダリス , ノ・スンヨル , 張連偉 |
~運営スタッフとの3年計画~
大きな手ごたえを感じた3年間でした。運営スタッフといろいろな意見交換をし走ってきた今までを振り返りたいと思います。
2005年 準備段階の年
大きな目標を創り上げるための年でした。まずは、裏方スタッフの意識改革からおこないました。まずは、何事にも当たり前であるということに対し、全社に疑問を投げかけました。運営協力社の担当者はやりにくかったと思います。
そして衝突もありました。
そして、①各社の役割、目標を明確にする。②思いの中に純粋なエンジンを持って仕事を進めていく人を揃える。③各社が自律的にDecisionできる環境を作り出す。④この集団を安定させるよりも一つの方向に向かって走ることに重きをおくこと。この4つの基本姿勢を貫きました。
2006年 3年計画の1年目
タイトルスポンサーにUBSグループをお迎えした最初の年になりました。主催JGTOの主張することは説明し、日本のトーナメントの良さを知ってもらい、海外の良いところをどのように日本人の気質にあったやり方に変えて取り入れていくかもテーマの一つになりました。運営協力社には、この集団が、計画し、コミュニケートし、実行することにより、われわれの目標とする成功をもたらすためのフレームワークを作り出すことを伝えた。共有共感をもつために参加者全員発表という形の会議で目標作りに着手し、その中で「ギャラリー環境の再整備」という大目標を作りました。
このテーマを実行していくことは、非常に難しい問題であった。事実、本当に熱い議論が繰り返されたことを覚えています。「まずは、スタッフ全員がゴミの低減や回収を積極的に行い、3年後には会場全体が同じ意識を持てるようにしていこう」と誓い合いました。スタッフから今日の社会情勢を考えても、トーナメント会場のゴミの問題は避けては通れないし、イベント会場をきれいにしたいというのは裏方の想いだという言葉も出ました。このころからスタッフは、「この大会は、自分の意見を言ってもいいんだ。逆に言わないとここに集まる必要はないんだ。」というちょっとした勇気をもってくれるようになりました。
2007年 この集団が劇的に進化する
この年は、全体会議を何回も行いました。時には午後1時から6時まで(もちろん休憩ははさみますが)おこなったこともあります。でも参加者は、問題意識を持って、明確な強い思いを持って集まってくれました。そしてギャラリー環境の再整備をテーマに「はじめの第一歩!」として環境問題にも着手することになりました。「できることから取り組んでいこう!」という思いから、ちょっとした工夫が改善を呼び込み、継続し、結果として残る。それが楽しみになる集団になりました。
この年になんとなく、我々運営スタッフの日本ゴルフツアー選手権が見え出しました。それは、「あったらいいな。」を形にする、痒いところに手が届き、配慮の行き届いた平凡だけど非凡・・・そんなトーナメントでした。ギャラリー数も大幅にアップし、やればできるという手ごたえも感じられた年になりました。
2008年 計画最終年
今年の全体会議は、たったの3回だけです。2月、3月そして6月。あとは、簡単な小委員会のみです。「何かあったら召集するので言ってください。」と、伝えていましたが何もありませんでした。逆に言うと3月の会議をもって、各社のやるべきことが明確になっていることと、各社どうしが連携して準備をしてくれていたということです。
あとは大会までみっちりと準備を進めました。JGTOも戦略をもって準備し、取り組んできました。我々のやろうとしていることには、必ず意思があります。行き当たりばったりのやり方ではなくなりました。そして、大会期間中の打ち合わせもほとんど行いませんでした。期間中のレシーバーでのやりとりも、必要最小限にとどまりました。担当者は、もちろん寝ていたわけではありません。担当者にとっては、大会運営マニュアルも参考程度の冊子でした。スタッフは共通の目標があり、共感をもって取組み、そして『自分らしく』参加し、Decisionしていました。
「はじめの第一歩!」は、単に環境対策だけではなく、この集団にとっては、様々な意味合いがあったように感じます。もしかしたら、この集団は奇異な目で見られているかもしれません。「そんなことをやってもお金にはならないよ。」と思われているかもしれません。少しずつ同志が増えていけばいいですし、この取り組みを通じて、粘り強くなった運営スタッフが皆さんに「はじめの第一歩!」とは何かをお伝えしていくでしょう。そして、みんな胸を張って言えるでしょう。「私がUBS日本ゴルフツアー選手権の担当者です。」と!!
担当の皆さん、いい締めくくりができたと思います。「ありがとうございました」。
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